夜も深け、木も鳥も人も眠りについている。

     神々しい光を放つ三日月だけが、辺りを照らしている。




     木の葉の里の一角に在るうちは一族の集落。


     その中の一際大きな家の階段が軋む。

     降りてきたのは暗部の衣に身を包んだ少年。

     手には面と小刀が握られている。
     漆黒の長髪を揺らし、居間へと向かう。

     立ち止まった彼の前には、柱に括り付けられた日捲りカレンダー。

     カレンダーを暫しの間見つめ、ゆっくりと破く。
     ピリピリという音がして、紙が剥がれる。

     それを握り締める。
     手に小さな炎が灯り、紙は灰となった。

     燃え滓を再度見つめる。




     その姿は、顔は、目は。

     決意と疎ましさと、微かな哀切が入り混じっているように見えた。







     月夜の下、風が駆け抜け、一枚の木の葉を掬う。

     その葉が地につく前に、その少年は姿を消していた。




     少年が居たところには、微量の灰が残っているだけ。

     しかしそれは畳に吸い込まれ、見えるはずもなかった。




































  Reminiscence




































     木の葉黎明期より、里の治安を預かり、常に守ってきた誇り高き一族。

     それが“うちは一族”である。

     一族の中でも一部の血統にもみ発動する血継限界。
     忍・体・幻術の理を全て看破する洞察眼と、強力な催眠眼を宿す。



     そんな一族の長であるフガクの息子、イタチ。
     彼は一族始まって以来の天才と呼ばれ、十三歳で暗部の分隊長に就任。
     それ故に、里と一族を繋ぐパイプ役として多くの任務をこなしている。
     その為、起床は家の誰よりも早く、就寝も誰よりも遅かった。

     それでも、彼が毎日欠かさずに行っていることがある。



     居間にある日捲りカレンダーを捲ること。



     それを捲ることで、これから己が起こす事に対しての信念を揺るぎ無いものにするかのように。























     その日は一週間の長期任務を終え、暫く振りの休養を貰った日のこと。
     その日も帰宅したのは、空は白み始めた頃だった。


     カーテンの隙間から差し込む光と、鳥の囀りで目を覚ました。

     一通りの身支度を整え、階下に行く。
     居間に顔を出すと、五歳になったばかりの弟サスケが、
     低い踏み台に足を掛け、目一杯に腕を伸ばして、棚の上の巻物を取ろうとしていた。

     イタチはその光景を見て、微笑み、声をかける。


     「おはよう。サスケ。」

     サスケは驚いたように一瞬肩を竦め、振り向く。

     「あ、おはよう兄さん。……っうわ。」


     振り向きざまに挨拶したのがいけなかったのか、サスケはバランスを崩して引っくり返る。
     ゴン。という鈍い音がした後、後頭部を押さえ悶絶する哀れな弟の姿。

     イタチは可笑しいのを必死に堪え、巻物をとってやる。

     「ほら。」

     サスケも涙目になりながらありがとう。と言い、巻物を受け取る。


     「……読めるのか?」

     「平仮名と簡単な漢字なら。」

     「……それ中級者用の術が記載してある巻物だぞ。」

     「むずかしい?」

     「……難しいな。」

     「じゃあ兄さんに読んでもらうっ。」

     「……何故そういう結論に結びつく?」


     無邪気な弟と、呆れる兄。


     唐突に鳥の羽ばたく音がした。
     窓の方に顔を向けると、木の葉の忍が伝達に使用する鳶が窓ガラスを突付いていた。
     イタチが足に括り付けてある用紙を外すと、飛び去っていった。
     明後日から任務が入るという伝達だった。
     小さくため息をついて、用紙をポケットに捻じ込む。


     ふと目に入った日捲りカレンダー。


     そういえば今日は捲って無いな。と思いカレンダーへ歩みよる。
     するとサスケがトタトタと駆け寄ってきて、足元で跳ね始めた。

     始めは何がしたいのかよく判らなかったが、
     やがてカレンダーを捲ろうとしているのだと悟る。


     「……捲りたいのか?」

     そう問うと、自分よりずっと大きな兄を見上げて頷く。

     イタチはサスケを抱きかかえて自分の背の高さに持ち上げる。
     サスケはビリビリと破いていく。

     破き終わり降ろしてやると、サスケは嬉しそうに満面の笑みで

     「ありがとうっ。」

     と言った。

     イタチも微笑みながら

     「どういたしまして。」

     と返した。



     その紙切れを大事そうに握り締めて、サスケは居間を出た。
     かと思ったら、顔だけを覗かせて

     「兄さん、母さんが帰ってくるまで手裏剣の稽古つけてよ。」

     期待に満ちた声音で頼む。
     イタチは数秒考え込んだ後、ああ。と了解の意を示した。


     サスケは顔を綻ばせて笑う。

     「じゃあ支度してくるから待ってて。」

     そう言って元気よく階段を駆け上がっていく。




     その音を聞きながらイタチは日捲りカレンダーを見つめる。

     今までと違い、今日の部分だけ破け目が少々お粗末だった。
     しかし、それを見てイタチは口元の端に笑みを浮かべる。



     自分は“その日”まで弟の望む兄を演じ続けていれば良い。



     そう自分に言い聞かせる。

     そして稽古に使う手裏剣やクナイを取りに、居間を後にする。

























     いつもと変わらぬ日常。


     でも、どこか違う。







     剥がれた一枚の紙は、燃えることなく、サスケの宝物としてずっと在り続ける。






















     運命の日の、ほんの少しばかり前の、おはなし。












           郁美様、ありがとうございました!